走行データとは、車両の位置や速度、運転操作、車載機器の制御情報など、走行にともなって生まれるデータの総称です。IoT機器の低価格化と通信環境の整備により、社用車から開発中の試験車両まで、走行データを集められる範囲は急速に広がりました。
一方で、機器を取り付けただけでは業務の判断材料になりません。トンネルでの欠測や車種ごとの仕様差など、走行データには扱ううえでの独特な難しさがあります。
本記事では、走行データのIoT活用について、取得の方法から活用シーン、つまずきやすい点、AI開発へ広げる設計までを、データ基盤の構築を検討する企業のご担当者に向けて解説します。自社の取り組みを前に進める材料としてお使いください。
走行データとひとくちにいっても、IoTで取得できる範囲は機器によって大きく変わります。大きく分けると、位置と時刻、運転挙動、車両制御、映像と点群の4種類です。
| 種類 | 取得できる内容 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 位置と時刻 | 緯度経度、走行ルート、走行距離、走行時間 | 動態管理、日報の作成 |
| 運転挙動 | 速度、加速度、急ブレーキや急ハンドルの発生 | 安全運転指導、事故の原因究明 |
| 車両制御 | エンジン回転数、操舵角、ブレーキの操作量、故障コード | 予防保全、車両の開発 |
| 映像と点群 | ドライブレコーダーの映像、周囲の形状を捉えた記録 | 事故の検証、自動運転の開発 |
上の4種類は、下にいくほどデータ量が増え、扱う難度も上がります。位置と時刻であれば1日分でも小さな容量に収まる一方、映像や点群になると1台1日でも桁違いの容量です。
そのため、自社が必要とするのがどの層までなのかを先に決めると、機器選びも基盤の規模も定まります。取得できるからという理由で上の層まで手を広げると、保管の費用と処理の負担だけが増えていきます。
走行データをIoTで取得する手段は、取り付ける機器によって取れる範囲が変わります。代表的な4つを、取れるデータと取れないデータの両面から紹介します。
走行データの取得を手軽に始めるには、後付けの小型車載器から検討しましょう。電源に差し込むだけで使える機器が多く、車種を問わず短期間で導入できます。
取得できるのは、位置と時刻、加速度をもとにした運転挙動までが中心です。衛星測位と加速度センサーを内蔵しており、走行ルートや急ブレーキの発生を記録できます。たとえばリース車両や協力会社の車両など、改造しにくい車にも取り付けられるのも特徴です。
一方で、エンジンや制動装置の内部情報までは取れません。車両の状態を細かく把握したい場合は、後述する手段と組み合わせる形になります。
通信型ドライブレコーダーは、映像を証拠として残したい場合に選ばれる機器です。記録した映像を車内の記録媒体に保存するだけでなく、通信でクラウドへ送る仕組みを備えています。
急ブレーキなどを検知した前後の映像だけを自動で送る製品が多く、通信量を抑えながら必要な場面を確保できます。たとえば事故やヒヤリとした場面の状況を、後から関係者で確認できる点は、原因究明と再発防止の両面で役立つはずです。
ただし、映像は容量が大きく、通信の費用と保管の設計に影響します。何を残し何を捨てるかを、導入の時点で決めておいてください。
デジタルタコグラフは、運行記録を法令に沿って残す必要がある事業者が使う機器です。貨物自動車運送事業輸送安全規則により、事業用トラックのうち車両総重量7トン以上または最大積載量4トン以上の車両には、運行記録計の装着が義務づけられています。
通信型を選べば、記録媒体を回収せずにクラウドへ運行記録を集められます。速度や走行時間、距離を法定の形式で残せるため、労務管理の資料としてもそのまま活用できるはずです。
なお、法令が求めるのは運行記録計であり、デジタル式に限られてはいません。既存の機器を使い続けながら、小型車載器を併用して不足分を補う進め方もあります。
車両の内部情報まで取得したい場合は、車載ネットワークへ直接接続する方法を検討しましょう。車内の電子制御装置どうしが通信する信号を読み取ることで、エンジン回転数や操舵角、故障コードまで取得できるためです。
取得できる情報の幅は最も広い半面、車種や年式ごとに信号の定義が異なる点には注意が必要です。同じメーカーの車でも、モデルが変われば読み取りの設定を作り直す作業が発生します。たとえば建設機械や特殊車両を扱う場合、1機種ごとに定義を整える手間を見込んでおいてください。
耐環境性能も選定の条件になります。振動や温度変化の大きい現場では、機器そのものが耐えられるかを確かめる必要があります。
走行データのIoT活用は、日々の車両管理から車両そのものの開発まで、目的の幅が広い領域です。代表的な4つの用途を紹介します。
走行データを活用すれば、車両の位置把握が可能です。どの車がいまどこを走っているかが画面上でわかると、問い合わせへの回答や急な依頼の割り振りが速くなります。
走行ルートと時間が自動で残るため、手書きの日報を作る手間が削減できるのもメリットです。たとえば複数拠点の車両を本部でまとめて見られる状態にすれば、拠点ごとに紙を回収する作業も不要です安全管理者の作業の手間を削減でき、手書き資料特有のミスなども回避できるでしょう。出典:安全運転管理者の業務の拡充等|警察庁
走行データを活用すれば、安全運動指導や事故原因の究明も可能です。急ブレーキや急ハンドル、速度超過の発生を個人単位で細かく把握できるため、個別に運転の癖や性格などに応じた指導ができるようになります。
また、事故予防のための経路確認にも役立ちます。たとえば、急ブレーキや急ハンドルが頻発する地点が複数人に見られるような場合、経路をあらかじめ変更することで事故防止も可能です。
加えて事故が起きた際も、当時の速度や操作の記録から状況を再現しやすくなります。本人からの聞き取りだけに頼らず、映像や記録をもとにして事故の原因調査ができれば、事故防止のための対策も打ちやすくなるでしょう。
走行データによって、保有する車両が実際にどの程度動いているかを確認できます。台数が多い事業所ほど稼働率の把握は困難で、感覚で確認しているケースも多いです。
しかし、走行データを用いれば1台あたりの稼働時間や稼働率を可視化でき、使われていない車両がどれかまで特定できます。稼働率の低い車両のリース契約を打ち切れば、車両費だけでなく保険料や管理の手間も減らせるでしょう。
なお、車両を減らす判断は繁忙期を含む一定期間のデータが必要です。短期間だけでは必要な車両を削ることにもなりかねないので、一定期間の稼働率を計測したうえで最終的な必要車両数などを確認しましょう。
走行データは、AIや自動運転の開発でも学習の材料になります。実際の道路で集めた映像やセンサーの記録は、実験室では再現できない状況が含まれているからです。
たとえば夜間の雨天や逆光、路上駐車の脇からの飛び出しといった場面は、実際に走らなければ集まりません。判断を誤りやすい場面を集めることで認識精度をあげて、より自動運転技術の向上につなげられるでしょう。
走行データは、開発した機能の検証にも使えます。実際に起きたヒヤリとした場面を再現し、システムが同じ状況でどう判断するような使い方も可能です。
走行データには、工場や倉庫に置かれたセンサーのデータとは違う難しさがあります。ここでは車両ならではの4つの論点を紹介します。
走行データは常に同じ品質で届くわけではありません。トンネルや高架下では衛星からの電波が届かず、データの送信が難しくなるためです。
対策としては、車載器に一旦データを保存して通信が回復してからまとめて送信できるか確認しましょう。この機能があれば、仮に電波が途切れた場合でも、データが途切れて映像やデータが抜け落ちる心配がありません。
走行データを受け取る際に車両内部から受け取る情報は、同じ項目でも車種ごとに中身が違います。信号の並びや単位、あたいの意味づけはメーカーやモデルごとに違うためです。
そのため、新しい車種を対象に加えるたびに読み取りの定義を作り直す必要があります。たとえば、建設機械や特殊車両を含む場合は1機種ごとに現物でデータの値を確かめなければなりません。
導入の段階で対象とする車種の一覧、データの定義をどう揃えるかの対策を考えておきましょう。
映像や点群データの容量も走行データの活用で問題になります。すべてを通信で送信しようとすると通信費が膨らみ、またデータ保管コストも高額になります。
対策として、車両側で必要な場面だけを選んでデータを送信する仕組みを設計段階で組み込んでおきましょう。たとえば、急ブレーキを検知したときのみデータ送信するようにしておけば、通信量を大きく減らせます。
またこの際に、送らなかったデータの扱いについても決めておきましょう。車両側の記録媒体に残して回収する、一定期間保管したあとに削除するなどの方法を考えておいてください。
走行履歴は、個人を特定しうる情報として扱う必要があります。いつどこを走ったかの記録が積み重なれば、運転者の行動や立ち寄り先まで読み取れてしまうためです。
そのため、取得の目的と利用の範囲を運転者に説明し、社内の規程として明文化しておいてください。従業員が走行履歴を業績評価に使われると誤解していると、機器をあえて使わなかったり、不正にデータを送信しないなどの事態が起こりかねません。
従業員にはデータの使い道を理解してもらったうえで、データ収集への協力を依頼する形を取りましょう。
走行データは、位置と時刻から運転挙動、車両の制御情報、映像や点群まで幅があり、どこまでを取るかで必要な機器も基盤の規模も変わります。後付けの小型車載器で始める方法から、車載ネットワークへ直接つなぐ方法まで、目的に見合う手段を選ぶところが出発点です。
活用の場面も、位置の把握や安全運転指導といった日々の管理から、AIや自動運転の開発まで広がっています。一方で、圏外での欠測、車種ごとに異なる信号の定義、映像の容量、個人情報としての扱いなど、車両ならではの論点は避けて通れません。
弊社ブライセンは、アノテーション・収集・蓄積にとどまらないデータ基盤の設計と構築を手がけています。自動車業界では、先進運転支援システムの開発に用いる走行データの加工や処理を長年にわたり担ってきました。要件定義から基盤の構築、運用と改善までを一貫して支援し、日本とベトナムの体制で対応する形です。
走行データは取れているものの前処理が追いつかない、映像を学習データに変える工程で手が止まっている、といった課題をおもちの方は、お気軽にご相談ください。